<勉強会の報告>「議会政治と政党を考える」
戦前の国家社会主義政党を現代に問う
皆さんは、何故戦前の国家社会党が現在の政党と関係があるのか?戦前の政党を現代に蘇らせると言うお話なのか?いろいろ想像して聴きにきて頂いたと思いますが、そんな幽霊を呼ぶような話ではありません。
極めて簡単に分りやすく説明しますので、聴けばあぁ〜なるほどね。−と誰しもが納得する話です。では始めさせていただきます。

日本には数多くの政党が誕生しては消えていますが、その中で私が戦前・戦後を通して一番注目する政党があります。それは国家社会党という政党です。日本は明治維新後、急速に西欧社会を真似た産業国家として変貌して行きますが、その中で資本主義社会特有の大資本ばかりを優先する余り三菱・三井・住友などの大財閥が出来ていった。
その一方では農村の疲弊や工場で働く労働者の過酷な現場が放置されて、それを改革する社会主義運動も活発になって行く。多くの社会主義思想はマルクスの唱えた資本論に基づく社会主義でしたが、日本独自の道を模索していこうと言う日本独自の社会主義を唱える人も出てきた。前の勉強会で述べた北一輝の純正社会主義もその一つでした。
他にも日本独自の社会主義者がおり、政党も多く作られました。ではどのような政党があったのか?
先ず、これが戦前の日本国家社会党のポスターです。私は戦前のこのような国家社会主義者の政治活動を調べる為に資料を集めて来ました。国家社会党については設立趣意書、機関紙、声明文、手書きの文書など30数種類以上を保有しています。
おそらく日本では一番日本国家社会党に関する歴史的資料を持つ人間だと思います。それらの資料の一部をご覧頂きながら説明させてもらいます。
出演者の中にある赤松克麻が党首で作られた政党で、ここには名前はありませんが平野力三なども参加している。その後国議会議員になった人もおり、決して泡沫的な候補者ばかりの政党ではありませんでした。
尚、収集した文書で一番多いのは三国軍事同盟締結に関するものです。政府ではなく民間の組織や当時の右翼団体がどのように反応していたかです。それらの資料を基に引退したらゆっくりと日独伊三国軍事同盟と当時の庶民の反応を記録として残しておきたいものです。
本日はこの中で陶山篤太郎という人物について述べてみます。
実はこの人をネットで検索すると<政治活動家>という簡単な文字はありましたが、詩人としての紹介ばかりでした。この陶山篤太郎は詩人としても有名であり、ネットで検索するとたくさん検出されました。北原白秋、与謝野晶子と詩人の会と作っている。高村光太郎とも親交があり高村はこの陶山の為に銅像まで作っています。
しかし、国家社会党から立候補して川崎市議会の議員を務めていたことは余り知られていません。この陶山篤太郎が選挙に出馬した時の、推薦団体がビラの裏に多数書かれていますが、それを見ればこの国家社会党がどのような政党だったか直ぐにわかります。
屋井乾電池従業員組合、京浜電気従業員組合、川崎建築労働組合、日本鋼材株式会社従業員組合 富士紡績川崎工場従業員組合、明治製菓工場従業員組合、日本鋼管従業員組合、東京製線従業員組合、東京電気従業員組合
つまり労働者の党だったことが分ります。先に書いた平野力三は農民運動を興した人で労農が一体となった政党でした。ポスターには小池四郎の名もありますが、この人物は日本中小工連盟という団体の会長でもあり、中小商店主の支持を受けていた。
この陶山を全国的に有名にしたのは川崎の京浜デパート襲撃事件でした。大型店舗が出来ることによって閉店に追い込まれる中小零細商店主が京浜デパートを襲いました。この責任を取らされたのが当時川崎市議であった陶山篤太郎だったのです。
今回ネットで検索していたら、陶山の顔写真がどこにもないことが判明した。紹介ページで写真を探している記述があったので今回顔写真を紹介しておくことにした。
さて、この国家社会党がその後どうなったかですが?赤松を除く人たちは、戦後の日本社会党の発足に参加した。日本社会党の発足式では国歌・君が代が歌われ、天皇陛下万歳三唱が行なわれた。
今では信じられないと思いますが、暗殺された浅沼稲次郎もこの発足会には出ていた。この時に日本国家社会党から日本社会党の創立に関わった人はたくさんおります。この展転社の発刊した本に出ています。

国家社会党から参加したのは平野力三、ポスターにも名前のある今村等、稲富稜人らである。この3人は衆議院議員となり、後に日本社会党を脱党して民社党を西尾末広らと結成した。
即ち、日本国家社会党は日本社会党を経て民社党に通ずる系譜なのです。私が「戦前の国家社会党を現代に問う」と冒頭で言った意味は、戦後の民社党を問うとつながります。
今自民党と民社党が残っていれば、日本の政治は政権交代が可能な2大政党の時代を迎えていたことでしょう。民社党が消えてから20年が経ちます。しかし、まだ関係者は残っている。
民社協会も存続している。ネットの力で解散した民社党の再結集を呼びかければ大きな勢力になるかも知れない。勿論呼びかけるのは私ではありません。それなりの著名な人が呼びかければの話です。
私はそのお手伝いが出来ればと思っています。戦前・戦後における国家社会主義ー民主社会主義の歩みを学ばねばなりません。それは日本共産党に対抗する政治思想としてはそれ以外にはなかったからです。
←ブログランキング応援クリックお願いします。
りんごの販売を再開します。りんごジュース、ジャム、ドライフルーツ
