ポスト・ファシズムとなったイスラム過激主義
ファシズム=イスラム原理主義
「イスラムという新たなファシズム」米国大統領
米国ブッシュ大統領が混迷を深めるイラク問題で「これはファシズムとの戦いである」と述べました。1920年代後半から30年代にかけてヨーロッパを席巻したファシズムとナチズム。これと現代のイスラム原理主義(過激主義)を同一視して、これへの戦いを宣言したのです。
このファシズム=イスラム過激主義について、日本のメディアはあまり詳しく解説していません。殆どのブログでも触れていないのではないでしょうか。今日はこの点について考えてみたいと思います。
極左同士の殺し合い(内ゲバ)の中で、中核派と革マル派は互いに相手を「ファシスト殲滅!」と機関紙で罵り合いました。このようにファシズムとかファシストという言葉は“絶対悪”として、相手を罵倒するために使用されてきました。
これは一種のレッテル貼りですが、しかし超大国の米国大統領の言葉だけに、これを単なるレッテル貼りと見るわけにはいかないでしょう。私はファシズムには昔から興味を抱き、学者ではありませんが、詳しい方であると自負しているので、この発言の意味する処を論じてみたいと考えます。
我が国ではファシズムといえば、ヒトラーとムッソリーニの所謂歴史的なファシズムが有名です。また、近年ヨーロッパ諸国で台頭した極右勢力を、このような歴史的ファシズムの後継者と見る評論家もおります。
ファシズムとは何か?残念ながらその定義さえ定かではない。
しかし、この定義さえ曖昧なポスト・ファシズムとして、西欧社会ではイスラム過激主義が既に冷戦後に登場していた。我が国では何故ファシズムとイスラム過激主義が結び付くのかさえ不可思議に思われる方は多いはずだ。
私はイスラム原理主義と過激主義は違うという認識を持つものですが、欧米ではこれを一体と見なしているので、ここではそのような観点から紹介することにします。
米国で一番最初にファシズムと原理主義の共通性について書かれた論文は、ヒトラーが知られる以前の1920年代のことである。「ファシズムと米国の原理主義」(christlichewelt,1924)には次のように書かれてある(この論文は刀水書房の「ファシズム」という本にあります)。
「政治的ファナティズム(狂信)の扇動に見られる宗教的な非寛容さ、急進的な宗派と手を携えた過激なナショナリズムとポピュリズム、さらにクー・クラックス・クランと原理主義の緊密な関係について論じている」とあります。これはイスラム原理主義のことではありませんが、米国には急進的宗派もファシズムと考える傾向が元々あるのです。
また、1937年に出版された書物(edger alex-ander,der mytos,hutlers,zurich,1937)の中には、当時台頭したナチズムの指導者ヒトラーを新しいマホメット、預言者と捉えているものもあるほどです。
「ヒトラーの『我が闘争』によれば、新しい宗教を伝えるもの、預言者、伝道者は常に剣であった。憎悪はつねにあらゆる革命的変革の動因である。浸透した狂信、さらに狂気はいかなる科学的知識より大衆を駆り立てる」
私がここで言いたい事は米国には古くから、ファシズムとイスラム原理主義を同一視する歴史的な土壌があったということで、今回ブッシュ大統領が「イスラムという新たなファシズムとの戦い」と語ったとしても、あまり驚かないということです。
キリスト教、仏教は同じく世界的宗教ですが、イスラム教とは大きな違いがあります。キリストにしてもお釈迦様にしても国家権力とは無縁でした。しかしマホメットは違います。
キリストもお釈迦様も宗教指導者ではありましたが、国家指導者ではなかった。しかし、マホメットの弟子達はアラブという国家を創設しました。この政治志向の強さが特徴的であり、それ故にファシズムと同じように見られるのです。
我々は米国大統領がイスラム原理主義をファシズムに見立て、これへの戦いを宣言している点を注目しなければなりません。ポスト・ファシズムに位置付けられたイスラム原理主義、その戦いに参加するのは米国一国ではなく、西欧やロシアも含まれる現実を見なければならないからです。
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Posted by the_radical_right at 11:41│
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イスラム問題
私はイスラム関連のことは詳しくないのでちょっとずれちゃうかも知れませんが
私の考えるファシズムっていうのは世論が他の論調を許さなくなった状態かと
たとえば今の韓国の反日ファシズムとか
支那の中国共産党もファシストとは呼べないでしょうか?
ウィザードさんに賛成です。
イスラム教過激派は世界の文明国すべての敵です。しかし敵の本質を見誤るようなレッテルばりをしてもアメリカは国際社会にその事実を訴えることはできないでしょう。ナチスドイツとイスラム教聖戦主義者(ジハーディスト)は領土拡大という面では共通点がありますが、そのほかの点ではかなり違っており、やはり同じく扱うべきではないと思いますね。
いくら米国大統領がイスラム原理主義をファシズムに例えたとしても、西欧やロシアはそう乗ってこないように思います。西欧でもフランスはイスラム系移民問題があり、ドイツは二次大戦中の因縁からイスラエルとそりが合わず、ロシアはイランを矢面に立ててソ連崩壊とともに失った中東での勢力回復を測っているようですし、なにより瀬戸さんがこのエントリーの最初で言っている通りイスラムの原理主義と過激派を同一に数えてファシズムと置く論法も強引すぎます。(むしろエジプトなどは政権側の方がファシズムのようにも見える。)
>視点 さん
うーん鋭いご指摘ですねー。
アメリカや共産主義者、左翼は第二次大戦のプロパガンタを行う中でナチスを都合のよい絶対悪として規定し、勝者が戦後を都合よく切り回す為にニュルンベルグ裁判などでそのイメージは更に確固たるものとされ、絶対悪化されたナチス的なイメージを「ファシズム」と称して便利なレッテル貼りの口実に使うようになりました。
我々はこの様な意味でのファシズムの使用はやめるべきです。なぜならそれは二次大戦の勝者史観を無意識の内に肯定し、その論法の上で非難しているからです。
ブッシュが今あえてこのようなことを言うのは、911以来通用してきた絶対悪の敵を根拠とした戦時体制の強制が通用しなくなってきたのでかつての記憶を利用したいだけでしょう。
まずファシズムとはニーチェの哲学やマリネッティらの芸術活動に起源を持つ思想です。簡単に言えば強者、高い能力を持つものが抑制されることなくのびのびと生きる思想、といえるでしょうか。もちろん不良少年が社会を壊乱して好き放題やるような低俗なものではありません。
この「ファシズムが本来何か」をはっきりしておかないとすべてがあやふやになると思います。
マリネッティら未来派の本場はイタリアだったのでそれがイタリアの国家主義・民族主義と結合して政治運動になったのが政治におけるファシズムと呼ぶべきものでしょう。
ドイツでヒトラーが起した国家社会主義に基づくそれはファシズムがドイツの民族主義と結合したものであり、それはドイツ独自のものでナチズムと呼ぶべきです。
俺もこの問題は難し過ぎます。
俺の勝手な解釈ですが、ファシズムとは宗教と政治が密接に関係して
宗教が政治で暴走すると解釈しています。
米国は支那の征服を以って地球の支配を完成させることになりますがそれは次に支配すべき所が無くなってしまうことを意味しており米国が富を引き続き手にする構造を維持する為には世界各地で紛争を作り出していかねばならないとの事です。
前の大戦ではブロック経済をした為に資源を持たない側(日本とドイツとスペイン)と資源を持つ側との間で戦争になりました。結局善とか悪とか宗教とかいう前に経済的な思惑によって戦争は引き起こされるんでしょうね。強欲を隠す為にキレイな言葉でカモフラージュするだけのことです。
米国は平和など望んでいません。今回の発言は紛争状態を作り出す為のものではないのかと思います。またテロとの戦いを標榜する米国こそテロを最も必要としているわけです。ヒーローを作るにはモンスターを作らなければならないわけですね。
瀬戸様
難しい内容ですので、コメントが思い浮かびません。
いい勉強になります。
素朴人さんへ
日本の報道では正確に言えば「ファシスト、イスラムとの戦いは続いている」との発言ですが、イスラムを新たなファシズムとしたのは間違いありません。ブッシュ大統領は昨年ロシアがモスクワで開らいたファシスト勝利60周年の記念式典に参加する前に、バルト3国を訪れ、第二次世界大戦におけるロシアの戦争と占領への疑問。ヤルタポツダム会談の歴史的な見なおしを表明しました。米国の立場は「ファシストによって支配された国民を自由の名の下に解放した。」というものでした。しかし、本当にドイツやイタリアの国民は解放されたのか?ということですが、半世紀前のファシズムとの戦いは、時の流れで歴史的和解が成立したと思っていました。
しかし、この言葉だと「ファシスト」と「イスラム」は同列で、しかも、戦いは継続されているようにも思えてしまいます。素朴人さんへのコメントとは違いますが、これは私の率直な考えです。
続き。
さて、人間の自由意志についての議論が未だにあるように、
教会の罪は大きい。
こういう問題を彼らが重視することについて深く考えることが
彼らの宗教を理解する道である。
というわけで、
上記発言が事実とすれば、狂気を発したと言っても過言ではない。
「イスラムという新たなファシズム」米国大統領
これは、とんでもない発言である。
かつて十字軍遠征時代、中世キリスト教会はイスラム教徒を皆殺しにしようとした
ことがある。
このころは、教会の権力が王権より勝っていたことも多く、
聖職者が絶対者として君臨していた。私権はほとんど無かった。
生活のあらゆるところに教会が口出しし、支配した。
財産も教会に帰属するようにした。
その流れで、魔女狩りなども起きた。
知識を独占し、神の名の下に、あらゆる残酷なことを行った。
マルチンルターの宗教改革は、このような社会に対する反抗として現れた。
これを可能にしたのは、グーテンベルグによる印刷術の発明と
聖書の出版とその普及であった。
神が教会の独占物ではなくなったのである。
このような流れの中から近代個人主義が生まれたのだが、
ここでは論じない。
瀬戸さん
親米愛国、反米愛国。
この二極が擦り合い結集した時、更に日本の愛国勢力は高まると思います。
今後とも宜しくお願い申し上げます。
皆様へ
私は、仕事では多少パソコンを使用しますが、その他では余り使用しないので良く解りません。
又、現在は携帯から見させて頂いているのですが、見れませんか。
すいません。
亜細亜会議さんへ
失礼しました、投稿者の名前を間違えました。今直します。それから誤解ですよ。あなた様とは大いに話しをするつもりです。反米愛国か、親米愛国か、論争する価値がこれほどあるテーマはないと考えます。
瀬戸さん
18時04分の瀬戸さんのコメントを見ないで、
私は
18時06分のコメントをしました。
大変申し訳有りません。
今後とも宜しくお願い申し上げます。
亜細亜会議さんへ
どうも、あなた様のブログにつながりません。皆様が見られるように別な方法はないのでしょうか。前回のトラックバックもそうでしたし、今回のコメントも直接はつながりません。すぐにつながる方法で表示頂けたらと思います。
瀬戸さん
左様ですか。
話し合う気がないのですね。
では、失礼します。
気分を害されたなら申し訳無いです。
亜細亜会議さんへ
加藤紘一氏の実家に対する放火事件の時に、私のブログにわざわざトラックバックを寄せながら、意見(コメント)については、受けつけない措置を講じているブログが幾つかありました。批判はするが、自らへの批判は受けつけない。信じられないことでした、とても人を批判する資格があるとは思えませんでした。
私は出来る限り全てのコメントにこれまでお答えしております。「お答えが未だです」とありますが、出きる限りお答えしたいと思います
今前文をアップした所で、あなた様のコメントを見ました。
あなた様のブログを拝見しています。日米関係、右翼運動、祖国の将来、今度有意義な討論をしたいと思っております。今後もよろしくお願いします。
瀬戸さんへ
瀬戸さんは、キリスト教の神父は国家権力により、利用されたと仰っいましたが、それは事実とは異なると思います。
何故、私がこのような点に固執するかと言うと、それは、正しい歴史知識を持っていないとこれからの世界について判断が出来ないと思うからです。
上記、14時25分の発言に対して再考をして頂けたらと思います。
亜細亜会議さんへ
申しわけありませんが、このコメント欄であなた様と今論争する考えはありません。あなたさまがご主張をいくらなされても一向に構いません。お互いの主張を皆様が判断されることでしょう。
私はこれまで自らのHPの掲示板やこのブログにおいても、自らを批判する人の投稿を削除したことは一度もありません。また、投稿された文を選別して掲載することもありません。自由に発言して頂いて結構です。(続きます)
瀬戸さん
失礼しました。
17時43分の私の発言は、お答え頂く前にコメントしてしまいました。
お詫び申し上げます。
なっとくさんへ
正直言えば、私は今回のブッシュ大統領の「イスラム・ファシスト発言」に失望しています。確かに急進的な宗教とファシズムを同一視する傾向が米国にあったとしても、それを抑えて欲しかったというのが私の考えです。イスラムとキリスト教の文明間の戦争に道を開きつつあるように感じてなりません。イスラム過激派の挑発に乗ってしまったようです。
瀬戸さん
先程、14時25分の
「欧州において、キリスト教の神父たちは権力に利用された」
という、あなたの発言に対して、私が、それを否定した事についてのお答えが未だです。
亜細亜会議さんへ
私が言いたいのは回教とはその創始者であるマホメットとその後継者が、それを教義とする国家の建設に熱心であったという点です。キリスト教にしてもお釈迦様にしても、最初からその教義に基づく国家を目指したわけではないと思います。しかし、その後キリスト教の力が増大する中で、そのようなキリスト教国家が誕生した事実はありますが、現代においてはそのような傾向はなくなっています。
しかし、イスラム過激主義は明らかにイスラム教を国是とする国家の建設を目指しています。そのことに言及させてもらいました。
宗教とは、信仰による人の集まりであり、お布施などによる巨万の富の集まる場であり、それは、選挙、発言、政治寄金、賄賂などを通して政治を直接/間接支配しています。他国に布教することで国境を越え支配を広げます。日本も巨大な宗教に支配されています。街を歩けば、宗教旗のマークの付いた商店が溢れています。米国も大統領が聖書に手を置くように、宗教色の強い国家です。イスラム教との違いは、あまりないでしょう。ファシズムなどレッテル貼りは、会話による相互理解の道を閉ざすだけだと思います。彼らから見れば、テロリストは、勇敢な神の聖戦士、任務後、天国へ行ける英雄なのですから…。
苺畑カカシさんへ
私も同じような考えです。本日のエントリーはそのような意見があることを紹介しましたが、私がそのような意見に同意している訳ではありません。私はファシズムやナチズムというイデオロギーの中で、主にその国家社会主義的な経済政策は高く評価します。全てに光りと影の部分があり、ファシズムが影ばかりであったとは思いません。ブッシュ大統領の英国旅客機テロ未遂事件に関しての発言「イスラム・ファシストとの戦いが続いている」に関しては、私はある意味で危機感を持ちました。
イスラムとファシズムを結び付けることは、米国にとって将来不利な状況を生み出す可能性もあるからです。ブッシュ大統領にすれば、欧州やロシアもこの戦いに参加させようと狙っているのでしょうが、その思惑通りに進むのか疑問を感じさせます。
私はファシズムというのは政権が経済のコントロールをする政治機構であると考えているので、イスラム教過激派のような勢力はそのようなレベルの高いものはないと考えています。ファシズムをとにかく制圧的な勢力という意味で使うのは問題ではないかとおもうのです。ですからブッシュ大統領の表現は適切ではないのではないかと思います。
瀬戸さんへ
キリスト教が政治に利用されたというだけでは、歴史は語れません。
世界を二分する裁定や進出先には宣教師も進出しています。
中世の欧州においても、キリスト教義に基づいた国家があったのは事実です。
宗教の教祖と、その経過及び現代を比較している瀬戸さんの主張では、善悪を決めつける事が出来ない歴史の事実があります。
亜細亜会議さんへ
欧州の国々において、歴史上キリスト教が強大な力を保持したことはありますが、それはキリスト教の神父が政治権力を目指したものではなく、政治権力側に利用されたということではないでしょうか。回教の場合、モハメットの後継者(カリフ)は、アラビアアリハット(アラブ人によりカリフ制国家)を誕生させました。教義に基づく国家の建設を目指すのが大きな特徴でしょう。
yuuki さんへ
4番目のカリフ(後継者)がカリフ・タリバン、この名前からタリバン運動が始まりました。アフガンのタリバンこそ、イスラム運動とまさに一体なのです。
私は宗教に詳しいわけではありませんが、多分キリスト教等とイスラム教は成り立ちが違うと思います。キリストは、はりつけにあったように権力に弾圧されました。しかし、マホメットは初め弾圧されましたがイスラム共同体を作り、いわば軍事力をもってそれを克服し、そして権力を持って教えを広げていったように思えます。だからイスラム教の教えでは政教一致的なんだと思います。
管理人様
管理人様の仰っる
「キリスト、お釈迦様が宗教指導者であって国家権力者では無かったが、マホメットの弟子たちは国をつくった」
という事ですが、
欧州におけるキリスト教皇国や、キリスト教が外の宗教を迫害して来た事実は、宗教が国家に介在し、国家権力となっていたのではないのですか。
イスラム教だけに言えるとは思えないのですが。