4 名前:!WU? 投稿日:2000/02/18(金)05:34
日本文明を一個の文明と考える流派は、アーノルド・トインビーなんかもそうだったよね。
私はハンチントンは徒にイスラムへの敵対心を煽っているだけのように感じて、あまり好意は持っていないのですが、その辺りどうだろう?
トインビーの方は大好きなんですが。
5 名前:これって 投稿日:2000/02/18(金)20:37
イスラムを一纏めに括っているけど、その内部の対立まで触れていたらね、他の文明にしても簡単に分けてる印象があって、個人的には説得力感じないですな。
6 名前:私は 投稿日:2000/02/19(土)00:11
>4、5
ハンチントンは、「アメリカは他文明の紛争に介入するな」ということをこの本の中で言っています。
原理主義は、イスラムの一部でしかありません。
ハンチントンは一部イスラム勢力の好戦性について語っていますが、これは人口の急増が大きな要因で、増加率が低下すると大人しくなると見ているようです。
そう言えば、日本も人口が急増している時代には、好戦的でした。この人口と国際政治との関連の分析一つとってみてもハンチントンには教えられました。念のために言うと、人口が多産になると人一人の命の価値が低くなるのですね。自爆テロとか人海戦術とか。
ハンチントンにはイスラムに対する敵視はまったくありませんし、内部対立にまで触れていたように記憶しています。冷静な見方を教えてくれて、個人的には説得力を感じました。
8 名前:三郎 投稿日:2000/02/19(土)01:24
私は、この前のミレニアム(千年紀)は「文明の衝突」のミレニアムだったと思います。
しかし、いま始まったばかりの新しいミレニアムは「諸文明の融合」のミレニアムになると信じます。
もうこの「融合」の過程は始まっています。たとえば、日本やアメリカはその先端に位置しているのではないでしょうか。
このような視点から『文明の衝突』は大変興味深く読むことが出来ました。ただ、国家・民族をいくつかの文明に割り振るやり方は賛成できません。特に「日本文明」は本当にあるのでしょうか。疑問です。
9 名前:瀬戸弘幸 投稿日:2000/02/19(土)21:46
ハンティントン教授によればアメリカ文明と中国(支那)文明はやがて衝突するが、その時、日本がそのいずれかを選択しなければならない、運命の時がやってくるというのだ。
しかし、勿論この主張や予言を我々日本人が鵜呑みにすることは出来ない。だが、これを無視することも出来ない。
何故ならば、我が国の体制側保守勢力と反体制左翼には「日中を軸としたアジアの新体制」を目指す戦略が既に発動されたと見られるからである。
10 名前: 投稿日:2000/02/19(土)21:52
「日中を軸とするアジアの新体制」を目指す戦略って具体的にはいかなる内容を持った戦略なんですか?
13 名前:瀬戸弘幸 投稿日:2000/02/19(土)22:12
》10さんへ
日米経済摩擦などによる日本攻撃の度が過ぎると、我が国は反米感情が頭をもたげてきますよ。この反米感情の裏返しとして親中国のアジア仲良しクラブ的な発想が起きてくるかも知れません。いや、左翼陣営はそれを一つの戦略として描いています。
「日中を軸とした東アジアの平和と安定」などという美辞麗句をもってして、米国や西欧社会への挑戦となるのが「反日左翼」の戦略なのです。この戦略に自民党の親中国派が乗せられてしまっています。
14 名前:三郎 投稿日:2000/02/20(日)02:11
一体、皆さんは本当に『文明の衝突』をちゃんと読んでいるのでしょうか。
ハンチントンは「文明の衝突」を言っていますが、それはごく一時的な現象と見ているのですよ。彼は小さな紛争がどのようなメカニズムによって宗教、民族、文化、要するに「文明の衝突」的な大きな紛争に構成されていくかについても分析しています(417頁)。紛争があるということではなく、紛争の仕掛けの解明です。
77頁では、彼は、統一的な「世界文明」の可能性を語っているのですよ。これは「諸文明の衝突」が止揚された状態でしょう。この点は、ハンチントンの『第三の波』(邦訳あり)と『文明の衝突』の両方を読んでみるとよく分かるはずです。彼は最終的には世界中が「民主化」されると考えているようです。
21 名前:瀬戸弘幸 投稿日:2000/02/20(日)16:36
<文明の衝突>という題目が独り歩きしているのかも知れません。
しかし、多くの人が抱く思いというものを無視することは出来ません。こう在りたいとか希望的なことよりも、やはり現実を直視すべきと思います。
22 名前:瀬戸弘幸 投稿日:2000/02/20(日)18:40
>三郎さんへ
あなたは21世紀において<文明の衝突>は回避されるとお考えですか?あるいはそれは避けられないと考えますか。
私は世界的規模での衝突はないにしても<文明の衝突>は起きると考えるものです。
それは国家同士の戦いだけでなく、一つの国家においての異質な文明間においてもその危険性はあると思います。
ロシア国内における内戦、インドネシアにおける宗教暴動、いずれも小規模ながら<文明の衝突>ではないでしょうか?
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