収穫の秋を迎え、日本の田園風景から国家のありようを学ぶ(1)
私は東北の農家の後継ぎとして生まれた。幼い頃から農作業を手伝い、高校を卒業すると同時に農業後継者として農業に従事した。目まぐるしい人生の遍歴はあったものの、今でも毎週末田舎に戻り農作業を手伝ってきた。
家には83歳の父と78歳になる母が農作業をしている。両親は私が帰って農作業を手伝ってくれるのが一番の楽しみだと言うし、私も親孝行と思って田んぼと畑仕事に精を出している。
今稲は収穫の季節です。肥料の量が少な目だったためか、余り育ちが良くなかった。しかし、それが幸いしました。今年の夏は天候にも恵まれ、稲はすくすくと育ち大きくなりましたが、台風に襲われ倒れてしまった。殆どの水田の稲は横倒しになってしまいました。
しかし、私の水田は余り育ちがよくなかった分、台風の影響をそれほど受けず倒れずにすみました。倒れると収量はガタ減りとなります。失敗したおかげで倒れずにすみ、ある程度の収量が見込めるとは、本当にラッキーであり、神に感謝するしだいです。
さて、この<神に感謝する。>という事こそ、日本の国家にとって最も大切なことであると思います。日本国家とは何か?と聞かれて、「それは天皇陛下です。」と答えたのは中曽根康弘元総理大臣でした。
しからば、天皇陛下とは何か?と聞かれたら、何と答えたでしょう。残念ながらその記憶は私にはありません。中曽根先生のことですから、一言で答えてくれたでしょう。
難しい文章で天皇陛下のことを書く人はいますが、“語り口”でやさしく説明してくれる人は余りいません。ライブドアの堀江社長が天皇陛下について「けっこう、面倒臭い問題で・・・・」と答えたのは、彼自身もどのように説明してよいのか分からなかったからでしょう。
新しいカテゴリーを作りました。自然再生と共存ですが、この中で天皇制についても考えて行きたいと思います。
収穫した新米は先ず神棚と仏壇に奉納され、神に感謝を捧げます。これは米に限らず野菜や果物全てがそうでした。神様、仏様にお供えをしてから、近所の人達に配り、それから家の人が頂くのが慣しでありました。
稲わらは大切に物置に仕舞われて、正月になればそれでしめ縄をない、それを松ノ木に結びまだ雪の残る水田に挿しました。このように日本の稲作とは神への感謝の気持ちを表しながら行なわれてきました。
現代においても神への感謝が薄れたとは思いません。しかし、この神への感謝ということが日本国家誕生の神話と天皇制に直接関連することが、意図的に薄められ続けてきたと感じています。
このことと日本の天皇がどのような関連があるのか?それを明日以降に続けて書いて行きたいと思います。
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