2021年09月25日

本日から10日間の日程

本日から10日間の日程

福島ー大阪ー和歌山ー奈良ー千葉l川崎



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今日は、福島県郡山から始まります。

日本第一党福島県本部発足記念

 日時 9月 25日 午後1時30分

 場所 郡山駅東口 郡山市方八町1−2−10

   セルフミイーテング4−階 B会議室


 記念講演 せと弘幸 題名「これまでの人生の軌跡と今後の人生」

 28歳で上京、これまで東京、最後は関西、川崎そしてまた東京上野までのこの40年間を振り替えりながら・・・


 何を話そうと考えましたが、福島から始まり、東京に28歳で出て、現在福島を拠点に活動拠点を戻すまでの、自分の人生を振り返ってお話したい、来年はもう70歳になる。来年半生を振り返り、自叙伝を書き上げ出版しようと思っていたので、その準備もあるので語っておきたい。

  今日は、日本第一党の党員限定らしいが、今日党員になっていただいた方も参加できるのかな?
それはわかりません。

明日は大阪に向かいますが、講演が終わったら、すぐに大阪に向かうので懇親会には参加できません。

大阪では裁判があります。



 下記の裁判で大阪に入る前後に変更となります。



大阪地方裁判所 次回

 9月 28日

 午前10時30分から午後5時まで

 法廷  第10007号

 大阪では我々愛国者が街宣しようとすると在日朝鮮人が大挙して押しかけ、演説にならないという事が分かりました。拡声器を持って私の声が周りの人に聞こえないようにするようです。 よって無告知で行います。

メールにて受付します。
 
fukushimaseto@gmail.com


和歌山県、奈良県には新規事業のために行きます。広大な山林に「早成桐」を植えるために共同経営者を募集したところ、全国の山をお持ちの方から、興味があるので会いたいとの申し入れがあり、奈良、和歌山、静岡、千葉などの山林王と会うことになった。

福島に戻らないでそのまま10月2日の川崎で開催される「世論の会」まで福島を離れるかもしれません。十分健康に気を付けて動き、再び倒れるようなことがないようにしたいと思います。









  

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2021年09月24日

読者への質問に答える。

読者への質問に答える。

早成桐と農業委員会


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 読者の質問に答えます。


 資料を送りますのでメールにて申し込み下さい。10月にはいれば会社のホームページも立ち上がります。グリーン・イノベーションというベンチャー企業です。

 私は代表者でもなく、単にこの会社の投資者であり、この会社からの委託を受けて畑や山に桐を植えて育てます。

 早成桐(これが正式名称)です。これまで早生桐と表記していたのは間違いでした。今日からは、「
早成桐と表記します。

 用途は板材としての利用、製紙会社、バイオ発電会社、企業イメージアップを考えている二酸化炭素排出会社、皮は良質のセルロースが含まれているので新エネルギー開発を研究する会社など多種にわたります。

 会社のHPも10月には公表されます。後日アドレスを張り付けておきます

 なお、山林や畑をお持ちの方も相談に乗ります。農業委員会の対応にお困りの方はご相談ください。大きな面積であれば、購入や借りる相談にも乗ります。




この件に関して前に詳しく書いていますのでご紹介しておきます。


 会津武士道を高く評価した伊・独国民

 命懸けで記念碑を守った会津人

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 ブログの記事を見たという方からメールを頂きました。母親が会津出身でこの白虎隊とイタリアとドイツから送られた記念碑のことに関しても母親から聞いて知っていたそうです。

 子供の頃にこの外国から送られた記念碑を見て、その記念碑を守った会津人の魂を聞いた時には、子供心にも誇りを感じたとメールに書いてありました。

 「文中のドイツの記念碑ですが、命を懸けて護ってくださったおばあさんがいらっしゃいました。下記に山口弥一郎著『白虎隊物語』より抜粋します。」

 「著者のあとがきもすばらしく、会津の郷土愛とはかくも深いものかと胸にこみ上げてまいります。いつか瀬戸先生に送ろうと用意しておりましたが、書き写しながら涙が溢れて仕方がございませんでした。先生の後に続く若者に白虎隊精神をお伝えください。」

 有り難う御座います。この紹介された全文をここに掲載させて頂きます。

 白虎隊物語 
 
戊辰秘話

第一部 白虎隊物語

六 夜明けのいけにえ

永い封建の夢も、国民の尊王の気運には抗すすべもなく、維新の大業を前にして京都は収拾すべからざる状態にたちいたっていた。時の孝明天皇の御信認あつかった会津藩主松平容保は、その治安の任に当たるようにね文久二年幕府から京都守護職の任を与えられて、狼藉至らざるなき都を前後六年間に亘って護りつづけた。

 しかし将軍家茂の死去についで、孝明天皇が崩御されると、世は急に改まり、大政の奉還、王政の復古の詔勅が下るまでにたちいたった。封建の世の忠とは、直属の支配者に奉げるものとの思想が培われ、これを改めるには世の推移が余りにも急激に襲ってきたのである。容保には守護職時代の忠誠と、会津藩祖保科正之が徳川二代将軍秀忠の子で、永く幕府をものたててきた。固い伝統が流れていた。

 容保は鳥羽、伏見の戦後会津に帰り、ひたすら恭順の意を表していたが、その誠意は薩摩、長州の側近にはばまれて、天聴に達せず、ついに征討の大群を会津の四周にうけなければならない状態にたちいたった。攻めたてられれば護らなければならない。封建時代最後の、疑うことなき忠誠を誓う会津の武士は、潔く君の馬前に討死していったのである。

 白虎隊は、いたいけな十六、七才の少年によって編成され、怒涛の如く押し寄せる敵軍に対し、裏切り者が間道を開いて大軍を既に会津の四境身近に入れていることもよく知らずに、雨のそぼふる暗夜、一握りの兵糧もなく、勇躍戸の口原の敵陣に打ちかかったのである。その最後は実に若人の節を全うする自刃を選ぶより外、道のないような立場に追いつめられていたのであろう。

 世界の大軍をひきうけて、沖縄の孤島を死守して倒れた、娘子軍ひめゆりの塔のあやまりを、二度と犯さないようにと、今さらのように、目覚め、ふりかえっている日本国民は、実は、明治維新に際しても、東北の一隅、会津飯盛山上で、この少年たちをして、壮烈な自刃を遂げさせているのである。

 我々はこの痛々しい、これらの少年たちの心根をくむとともに、もう第三、第四のひめゆりの塔を築くことなく、平和な世界をつくりあげたいと願う。少年たちの意地や実に壮である。しかし、かかるいけにえを出しても、その壮烈さのみたたえ、反省できなかったわれわれこそ、墓前に恥ずべきである。若人の指導精神も移っている。この壮なる心を平和日本建設のためにこそ捧げるべきであり、これがまた忠烈な白虎隊の霊をなぐさめる所以かと思う。
 
 
七 かずかずの追憶

byaco51 新しい時代を建設するものは常に若人である。退廃した古代文化の国。イタリアの復興を若人に託そうとした当時のイタリア国民は、白虎隊の忠烈を欽慕して、ローマの千年の古柱を、昭和元年記念碑として、寄贈してきた。

 つづいてドイツからも追慕の碑がとどけられた。

 明治七年の改葬以来、十六年には墳域を築き、二十三年これを拡張し、大正十四年さらに拡張している。そして昭和元年十二月一日、イタリア記念碑の落成を期して現在のような白虎隊の墓を整えたのである。

 しかしこのなかには、一貫して会津精神をせまい封建社会思想でおしかため、また白虎隊の忠烈な自刃の最後を青少年の指導精神にかりたてて、日本の全体主義的思想に利用した点はなかったであろうかと、反省されてならない。

 郷土会津の人の白虎隊を追慕する所以は、もっと身近なものであり王政の復古をこい願い、あれ程に藩祖以来尊王の志の厚かったに拘らず、京都守護職時代の権勢に対する羨望、嫉妬と、徳川多年の縁故を結びつけ、ついに賊軍呼ばわりされて四周に敵をうけ、十六、七才のいたいけな少年が死んでいった。その心根がたまらなく泣けてくるのである。親心、肉親の情愛が、いとしいまでににじみ出てくるのであって、全く他意はない。そして二度と会津の地に白虎隊のような、壮烈ないけにえを出したくないと願い、一路敗戦荒廃の会津の復興をめざしてきたのであった。

ad3c21b17eb4720830fc3d1b444d822c 飯盛山の墓守をしている、飯盛ミヨセという婆さんがあった。私は終戦帰郷後、郷愁をとどめえないものがあって、或る日飯盛山を尋ねたことがあった。お婆さんは一通りの説明を終ると、人なつっこく、声を低め語ってくれた。進駐軍が若松にも来てイタリアとドイツより贈られた碑をこわせということになった。イタリアの古碑からはファシストのマークを取り除き、基盤のカララの大理石にきざんだ文字は、セメントで埋めただけでは不十分で、石屋を呼んで削りとらせることで話がついたが、ドイツの記念碑だけはどうしても取り除いてこわせという。

 「しかしね、こんどの戦争がどうしたか知らないけれど、折角遠い国から贈ってくれたこの碑に罪はあるまいて。アメリカ軍は恐ろしかった。そむけば殺されるかも知れない。しかし、白虎隊は十六、七才の子供ではないか。今のこの年頃の子供を見なさい。なんり気をして育っているのさ。それがお城が焼け落ちた、殿様が亡くなられたと思って、喉をついたり、さしちがえて死んでいるではないか。このしわくちゃの婆さんの首など飛んでもいいと思いましたよ。それでドイツかせ贈られた碑は家の側に持ってきて隠しておきましたのでさ。みて下されや。」

 私はこんなにも身近く白虎隊の若人の心根をくんで、まもり育てている人は外にはあるまいと思って、泣けて泣けて仕方がなかった。白虎隊を思う会津の郷土人の心はこれなのだと思った。あまりに白虎隊の心根を、大人の野心的構想で育てあげ過ぎてはならない。私は全く、ありのありのまま、炎々とたちのぼるつ鶴ガ帖をちながめて今はこれまでと、一同ためらいもなく自ら刃をさして、莞爾として死んでいった少年たちの心根をくんで、ただしばし佇み、合掌してみるだけでよいと思う。どうか訪ねられる他郷の人々も、むずかしい理屈はいわずに、当時の会津藩の犠牲となって、壮烈な自刃をとげた、この少年たちの墓に香華をささげて合掌してやって下さい。
 

 
あとがき

 この小著の前版「白虎隊物語」は昭和二十七年秋、吉川栄治、朝日新聞社幹部一行が、「新・平家物語」の取材に会津に来訪され、私が、二日間案内した縁につながる。はじめて飯盛山を訪ねた吉川氏は、当時飯盛山の墓守、案内をしていた、飯盛ミヨセ婆さんの「あれみっせい」と氏の肩をたたいて、ドイツ寄贈の文字の削りとられた碑の再建を、ものおじしないで語る熱弁の情景に、いたく感激されたらしかった。

 翌二十八年三月の、「週刊朝日」春季増刊号に「新・平家今昔紀行」(「吉川英治・随筆新平家」に再掲)として詳しい会津の旅の模様を書いてくださった。その中にミヨセ婆さんの案内姿を杉本健吉画伯が、半頁大に描いて、吉川氏は「とにかく、愛すべき飯盛山のお婆さんではあった。若松市の名物婆さんとして市は可愛がってあげるがいい。」と書いておられる。

 朝日新聞東京本社より、この増刊号が送りとどけられると、まず婆さんを喜ばせようと、飯盛山にかけつけた。それが何と婆さんが世を去って四十五日目の御法事の当日であったとは。遺族のかたがたから「お婆さんの話を一番詳しく聞いているのはあなただから、白虎隊の今様の案内記を書いてくれ。」と頼まれた。一応はことわったが、位牌の前で、週刊朝日の婆さんに関する記事に赤鉛筆で、アンダーラインを引いて読みあげてきた感激がさめきらず、一夜まんじりともしないで、一気に書き上げたのが、後章にみえる戊辰悲話の第一部「白虎隊物語」である。

 白虎隊に関する著作、記述は既にたくさん出ている。私は「ありのままで弔いたい。白虎隊の追いやられた純情、可憐なこころねをくみとりたい。」とい立場から書いた。既に十年、吉川氏にはその後御交誼をあずかったが既にない。いつか浦松佐美太郎氏が、この旧版「白虎隊物語」ょ読み、週刊朝日の「日本拝見会津若松市の巻」で「山口弥一郎教諭(註・当時県立会津女子高等学校教諭)の研究によると、白虎隊は戦線を離脱して若松へ帰ろうとしたが、飯盛山の上まで来ると、町は盛んに燃えており、疲労と空腹は激しく、その上、周囲は敵軍に巻かれているといった状態なのでそのままそこで自殺したのだということになっている」とのべ、「飯盛山に立てこもって『死をもて守るこのとりで』というのは後から作り上げたセンチメンタルな伝説ということになる。

 だから過去へのノスタルジアは事実より伝説の方へ執着する。それだからこそ、自慢の種ともなるのであろう。」と感想までつけ加えている。こういわれてみると,私も郷土人としてすっきり割り切れない気もするが、時日はこう見られるのも致し方ないかと思う。

 資材は平石 蔵著「会津戊辰戦争」その他から、よく検討してとったが、「物語」と題する風な書き方は、文筆を専業としない私には柄にもおわないので、幾度か絶版しようと企てた。それがまた、観光ブームもあるからであろうが、何万部も出て、まだ寿命があるからと、私の意図は入れられそうでない。

 そこで私は、うそを書かない郷土解説なら、もう少し充実したものにしたいと願って、このようなものにまで発展した。ここまで来るにも、実に多くの人々の協力のあったことを感謝せずにはおられない。この丸八印刷所の社長佐藤碑彦八氏が、私の要望に従って、車を走らせて自分得意とする写真の殆んど全部撮ってくれた。この中には重要文化財や早川代次氏苦心の蒐集になる白虎記念館所蔵のものなどある。皆心よく撮影や、資料の提供をして下さった。

 挿絵には故人の渡部菊二画伯ほか、安達忠良氏などの多大の好意にあずかった。編集についても旧書から引きつづき会津若松市商工課長宮崎十三八氏に御協力を仰いでいる。

 いくらか視野を広くとって、小冊子で十分とはいえないが、白虎隊、なよたけ、娘子軍をとりまく会津の風物を述べて、一つの事件も、その土地の風物と存在しないことを表したかった。時代も移り変わり、訪ねてこられる人々の気持にまで、われわれが立ち入りは出来ないから、戊辰夜明けの犠牲者を、手厚く弔っていただきたいとの念願をこめるのみである。
 
昭和四十三年三月 山口弥一郎


会津白虎隊記念館と秋篠宮両殿下

賊軍の汚名が消える日を一日も早くと願う
 

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 一昨日の19日、会津若松の飯盛山に行って来ました。
 毎年行っていたのに、ここ2年間はご無沙汰でしたので、今年こそは何としてもと思っていたので早めに行ってまいりました。

 以前のブログ記事です。紹介しておきます。

白虎隊と三国軍事同盟

 世界がいくら広いと言っても、イタリアのベニート・ムッソリーニから送られた記念碑とナチス政権下のドイツの外交官から送られた十字の紋章入りの記念碑が見られるのはこの飯盛山しかありません。

 映像も撮ってあるのでこの事は後でゆっくり紹介させて頂きます。今回はこの記念碑が立つ場所の下に建つ会津白虎隊記念館についてです。

kinenkan

 この記念館を訪れた日本国民は多いと思いますが、その中には秋篠宮両殿下がおられます。記念会館内にもご訪問した時の写真が掲載されています。

 秋篠宮両殿下がこの地を訪れたのには、深い思い入れがあったのではないか? 私はそのように勝手に推測させて頂いております。

 その理由について若干ご説明しておきます。

池上四郎(大阪市長)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
 池上四郎池上 四郎(いけがみ しろう、安政4年4月18日(1857年5月11日) - 昭和4年(1929年)4月4日)は、日本の警察官僚、政治家。第6代大阪市長、第6代朝鮮総督府政務総監。兄に検事・池上三郎、娘婿に内務省官吏石川銀蔵。文仁親王妃紀子は曾孫に当たる。

 1857年会津藩士池上武輔(250石)の四男として、陸奥国耶麻郡(現・福島県会津若松市)で生まれた。11歳のときに戊辰戦争を経験する。兄の友次郎は、鳥羽・伏見の戦いの正月五日の戦で戦死。

 父・武輔は井深宅右衛門の第二遊撃隊の組頭として越後小千谷で新政府軍と戦い、負傷する(北越戦争)。四郎は、兄の三郎と共に白虎隊少年隊員として会津若松城に篭城した。白虎隊本隊への入隊も希望したが、15歳以上の規約のため除外された。敵に城を取り囲まれて、一日に約二千五百発の砲弾が撃ち込まれる中で、四郎は少年隊の仲間と共に唐人凧をあげて仲間の士気を鼓舞したというエピソードが残っている(会津戦争)。

以上
 
 この白虎隊記念館の館長は元会津若松市長の早川喜代治氏ですが、館長のこのような言葉もかつてマスコミに紹介されております。

アサヒグラフ 1989.9.8

 紀子さんの祖母・紀子(いとこ)さんは旧会津藩士の池上家に生まれた。家系は、秀吉によって会津に封じられた上杉景勝の家臣にまでさかのぼるという。紀子さんの祖父、武輔さんは百五十石の中級武士で、戊辰戦争に参戦。新潟・小出島の陣地副将として立て篭もったが、官軍に敗れ、藩とともに青森・斗南に移った。

 このとき紀子さんの父、四郎さんは十歳だったが、場内から大きな唐人たこを上げ、「城はまだ落ちていない」と場外の兵士を励ましたという。後に大阪市長となり、その剛毅さで市民の人気を集めた。四郎の研究をしている会津若松・白虎隊記念館の早川喜代次館長は「賊軍の総大将である会津から皇室に、と思うと不思議な因縁を感じます」と話す。

以上

 この件に関しては紹介だけに留めます。私も福島県人として、また会津白虎隊の精神を若い頃から讃えてきた者として、これほど嬉しいことはありません。

 会津若松鶴ヶ城の天守閣には城主・松平容保が孝明天皇から頂いた文書などが展示されています。松平容保はそれを肌身離さず持っていたと説明されています。

 会津は賊軍とされ長い間その汚名を着せられてきましたが、その汚名が晴らされるときが必ずやってくると信じています。また、その日こそが新しい日本の夜明けになると固く信じる一人でもあります。


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Posted by the_radical_right at 06:17Comments(12)mixiチェック

2021年09月23日

福島市農業委員会のあきれた対応

福島市農業委員会のあきれた対応

  畑に桐の木を植えることにイチャモン

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 久しぶりに福島市役所を訪れた。乱開発が進められている頃には連日のように抗議に行なっていたが、いくら抗議しても現在の福島市の木幡市長は聞く耳を持たないと言うか、反対の声に耳を傾けようとはしない。

 本人も11月に行なわれる市長選挙には出馬表明した。対抗馬は共産党くらいのものなので、再選されるのはほぼ間違いない。こちらは超忙しく準備もできなかったので、今回は仕方がない。

 しかし、再選された後でも徹底した批判をと責任追及をしていく。

 今回農業委員会に顔を出した。土地(名目上は農地)に木を植えると通告しに行った。

 その時の会話は録音していないので、再現する。

せと・・・来年春には早生桐の木を植えるので通告しにきた。何か問題はあるか?

 役所・・・許可できません。
  
せと・・・何で? 自分の土地に木を植えて何が悪いの?

 役所・・・農地法 00で届け出が出されていません。

せと・・・お前らは農地に太陽光発電を許可して緑を破壊している。そんあ資格はあるのか?

 役所・・・農業委員会は許可など出していません。

せと・・・ふざけるな! おまえらの上司が全員協議会に参加して賛成しただろう。

 役所・・・なんのために木を植えるのですか? 植える以上、手入れはしていただかないと。

せと・・・本当に大学出てきたエリートか知らないが、そんなこといちいち言われたくない。

 役所・・・それでは困ります。

せと・・・ん? 私は吾妻山の緑と水を守る会の会長だぞ。お前らが自然破壊するから木を植えて自然を守るための行動を自費でやるんだ。お話にならない帰る。

以上

 来年からの新規事業は順調に進んでいます。植林する山も、奈良県で200万坪、三重で30万坪、静岡で20万坪。すでに400万坪と交渉を始めています。

 福島のこの旧パイロット地区にも植えます。3万粒の種が3月に到着し、発芽させる工場も目途が立ちました。一本一万円での販売です。巨大プロジェクトがいよいよ始まります。

前回紹介した苗木はこの倍くらいの高さまで成長しました。
来年春先には200本以上、植えることができます。

DSC_2956 (5)
 
 この早生桐は成長が早く5年で成木となります。大きな葉なので二酸化炭素をよく吸収します。木は成長が止まると二酸化炭素を吸う量も少なくなるが、その時はまた植えれば良いのです。


 この事業を友人から勧められてやっています。ようやく世間が注目し始めました。一番安価な自然による対策となります。この苗木を育てることにしました。


 国の方針として炭素税を導入することは決まりました。ただ、どのようにして炭素税を取るのか? そのことに関してはまだ私は確たる情報を得ている訳ではありませんが、その業界に対する働きかけはしていかねばと思います。
  
Posted by the_radical_right at 06:20Comments(24)mixiチェック

2021年09月21日

河野太郎とは

河野太郎と一族と金銭問題

総理になるのが遺族の悲願とは何か?


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河野太郎ワクチン相 “ファミリー企業”から6700万円の献金を受けていた

配信

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文春オンライン

政治活動が献金によって支えられている実態

以上

 当該の企業は、河野氏の選挙区・神奈川県平塚市に本社を置く「日本端子」。祖父・河野一郎氏が創業し、主に車載用端子などの設計・製造を手掛けている。2020年度の売上高は約170億円で、中国に傘下の子会社を持つ。 「河野氏も富士ゼロックス退社後の1993年から約9年間、同社の取締役を務めていました。現在は洋平氏が約30%の株を保有する大株主で、河野氏と二郎氏もそれぞれ2%の株を保有している。いわば、河野家の“ファミリー企業”です」(事務所関係者)
 これだけで次期総理にはまったく相応しくないと言うか、日本と言うよりも世界的に見てもダメです。

 今、世界中の国、西側の自由主義諸国は、共産支那(チャイナ)の覇権主義に対して、それを封じ込めようと団結しています。

 米国、英国、仏、独そしてオセアニアの豪州、インドの他に東南アジアの各国です。これらの国からソッポを向かれ、孤立することは間違いありません。

 こんな人物を小泉氏や石破氏が支持していますが、この二人はこのような事実を知っていながら支持しているのでしょう。まさに日本の将来を危うくする国賊勢力に他なりません。

 特に小泉親子はテクノサービスなる太陽光発電の会社から献金を受けていた。ウイグル人を奴隷のように酷使して働かせており、米国などでは輸入禁止となっています。

 このような人物の正体を隠してヨイショ記事を書いているのがマスコで本当にクズの集まりです。許し難い連中による総裁候補選出であり、結果がどうあれ、今後も批判を強めなければなりません。

・・・・・・・・・・・・・・・

お知らせ。

その1,
Posted by DICS at 2021年09月22日 06:27
エントリーと関係ないことを連続して長々と書き連ねることはやめてください。ご自分のブログを作りそこでおやりなさい。今後削除します。

その2

 リンゴの栽培は今年身体障碍者の認定を受けた時点でやめました。生のリンゴはありません。リンゴの加工品ならございます。

    せと農園からのお知らせ


     ※unnamedジュースの販売

    大型の1リットル瓶のみの販売となります。6本入りセットと3本入りセットがあります。中身は同じです。果汁100%の生ジュースです。


     今回から一本1000となっていたものを100円引いて900円とします。


     3本セットは2700


     6本セットは5400


    送料は次の通り 6本セットの場合

     東北 関東 信越         648円 

     北陸 東海                                   
    716円


     北海道 近畿           790円

     中国 四国            932円


     九州               1153円

     沖縄               1337円


     3本セットの場合は下記のジャムの送料と同じです。



    CIMG0868ジャムは3個からの販売となります。


    今後は送料込みの値段で販売致します。


     3個で2000円となります。


     小箱価格となります。

    東京 東北  500円

    北陸 東海  560円

    近畿  648円 中国 四国 784円 九州 沖縄998円 

     

    CIMG0867

     こちらのりんごチップは一袋200円です。


     5袋以上からの注文を受け付けます。


     料金は小箱の料金となります。




     





    【健康食品 スナックりんご】

     凍結乾燥方式といって、マイナス90度まで凍らせて、その後一気に昇華させて乾燥させます。

     りんごに含まれている栄養素ペクチンは熱に弱いので加熱すると分解しますが、こちらは全く分解しないでそのまま残ります。

     ペクチンは肌によい成分が含まれていると言われていますが、皮と果実の間にあります。よって皮を剥いて食べては身体に入りません。

     このスナック菓子はそのまま食べることでペクチンを取り入れます。甘味料や合成着色料、食品添加物を一切使用していない究極の自然食品です。

     unnamed



     「購入したひとの意見」をいただきました。

    不思議な食感でしたが、紅茶と一緒にいただくと、リンゴの香りがパーっと口の中に広がりました
    ゆっくりと噛んでいると、甘いリンゴを食べているようになってきますね
    紅茶に浸けながらいただいも美味しかった。

    CIMG0971CIMG0970













     20グラムは300円                     40グラムは500円

    20グラムは3袋で送料込で1400円          40グラムは3袋で送料込で2000円


    これらの品物を販売します。

    特にフリーズドライは製造価格で100万ちかく払いました。フリーズドライ製品は賞味期限がなしとネットでは書いてありますが、早く販売して闘争資金としたいのでよろしくお願いします。

  
Posted by the_radical_right at 20:32Comments(20)mixiチェック

共産支那(中国)に対抗

共産支那(中国)に対抗

高市早苗さんに期待する

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高市早苗と櫻井よしこが語る経済安全保障と国防「中国はミサイルを撃ち込むと同時に無人機で攻撃してくる」

佐藤仁学術研究員・著述家
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(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

2021年9月17日に、自由民主党(自民党)の総裁選挙が告示された。河野太郎規制改革相、岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務相、野田聖子幹事長代行の4名が立候補を届け出た。

そして高市早苗氏は9月18日に配信された自民党の「総裁選CafeSta」にも登場。「高市早苗候補特番#01 世界が注目!第100代日本初の女性総理誕生?」というタイトルで、櫻井よしこ氏と一緒に日本の将来の展望や危機管理の持論などを幅広に語っていた。

その中でも高市氏は中国の脅威と経済安全保障、国防におけるサイバー防衛の重要性を強調していた。高市氏は以前から自身のコラムでも、安全保障の観点からサイバーセキュリティの重要性を訴えていたし、出馬会見、所見発表演説会でもその重要性を強調していた。今回の番組の中でも櫻井よしこ氏とともに、経済安全保障と国防について以下にように力説していた。

「中国共産党の脅威に対抗、経済安全保障包括法案を国会に提出したい」

以上

 長い引用となりました。二人とも好きではないし、それほど期待はしていないが、総裁選に立候補している中では高市早苗さんしかいない。岸田文雄さんがそれに次ぐが、河野太郎や野田聖子に関しては論外です。

 中国の人民解放軍は初めからミサイルを撃ち込んできて、日本の主要都市を攻撃してきます。もはやイージス艦からの迎撃ミサイルでこれを打ち落とすことはできない。

 ミサイル攻撃をなぜ仕掛けてくるかですが、それは日本にミサイルがないからです。ミサイルがあれば自分たちもやられるので、日本が一番のターゲットになります。

 日米同盟という軍事協力体制があっても、米軍は日本に攻撃があっても直ちに反撃しないーと人民解放軍は読んでのことです。

 このことで、これまで真剣な議論が行なわれたことはあったでしょうか? 確かに日米同盟はあっても、全面的な核戦争を覚悟して米国はすべてのミサイルを支那大陸に向かって果たして撃つだけの覚悟があるのか?

 その答えが米国、英国、豪州の3国による新たな同盟であり、豪州(オーストラリア)に空母の建造を認めることでした。なぜ豪州であり、日本ではないのか?

 彼らアングロサクソン同盟は、いざとなれば日本を見捨て自分たちだけは攻撃させない体制を構築していると感じた。それには理由があります。

 米国は通距離弾道弾ミサイルの配備を日本に迫ってきます。しかし、日本がそれを果たして受け入れるのか? それを無理と判断したのでしょう。それならば日本は勝手にやってください!…と決断するかも知れない。

米陸軍の新しい中距離ミサイル「LRHW」は射程2775km以上と判明。日本の九州が配備先の最有力候補

JSF軍事/生き物ライター
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ロッキード・マーティン社の資料より中距離ミサイルLRHWの想像図

 アメリカ陸軍が開発中で2023年配備予定(2024年本格量産開始)の新しい中距離ミサイル「LRHW」の射程について新しい情報が判明しました。アメリカの軍事ニュースサイト「Breaking Defense」によると、アメリカ陸軍当局者が「LRHWの射程は1725マ

通常弾頭の中距離ミサイル、目標は中国大陸の航空基地

 アメリカは中国との戦争では核兵器を用いない地域紛争レベルの通常戦争を想定しており、想定戦場は東シナ海(尖閣諸島)、台湾、南シナ海(南沙諸島、西沙諸島)です。中国大陸に地上侵攻するつもりはありません。新しい中距離ミサイルは想定戦場に飛んで来る中国軍の戦闘機の運用を妨害するのが目的で、航空基地を狙うことになります。

 つまりLRHWは想定戦場である東シナ海(尖閣諸島)、台湾、南シナ海(南沙諸島、西沙諸島)から数百km以内の戦闘機の出撃拠点となる中国大陸の航空基地を狙える場所に展開する必要があります。


以上

 あとは続きを読んでください。

 グアムに配備しても届かない、硫黄島には平地が少ない。日本の本土しかありえません。米国のミサイル配備を受け入れるくらいなら、日本も独自のミサイル開発を始めるべきです。

 共産支那、ロシア、北朝鮮、南朝鮮のすべての国がミサイルを保持しています。日本だけがミサイルを保持できないなどは承服できないとは日本人は考えないのか。本当に日本は情けない国家となり果ててしまった。


 大日本帝国の再興を目指すことこそが我々の最終目標なのです。




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Posted by the_radical_right at 07:18Comments(20)mixiチェック