「やるんじゃなかった日韓併合 真の日韓友好はこれだ!」

「やるんじゃなかった日韓併合 真の日韓友好はこれだ!」という村田春樹氏が行なう独演会が今日開催されます。
この独演会で朝鮮半島の歴史に詳しい村田春樹さんが、どのような独自の解説をしてくれるか、非常に楽しみです。
【日時】
平成21年10月31日(土曜日)
午後1時05分開場/同1時20分開会(同4時30分閉会予定)
【場所】
池袋駅東口 豊島区民センター5階
(旧三越裏 公園前 豊島区東池袋1−20−10 電話03−3984−7601)
本日は私もこの問題を述べてみることに致します。
先ず今回の独演会の題が「「やるんじゃなかった日韓併合 真の日韓友好はこれだ!」というものですが、これは日本側から見て「やるんじゃなかった」であって、朝鮮人にして見たら「やられて良かった」となるのではないか。
これはふざけて言っているのではなく、当時の歴史を振り返って考えるなら、それは当然そのように考えることも出来るのです。
朝鮮人は当時、大韓帝国という国家を形成していたが、実はこれは明治維新で急速に近代化を成し遂げた大日本帝国とは比べものにならないような貧しい国家でした。
この日韓併合を現在の韓国人などは植民地支配などと呼んでいますが、その実態は西欧列強諸国がアジア各国で行なった資源の収奪や過酷な強制労働などとは全く違ったものでした。
朝鮮総督府に見る「日帝」の功績
まず第一に知って頂きたい事は、日本は朝鮮半島を「搾取」したどころか、反対に日本本国から莫大な資金を朝鮮半島に投資したという事実です。「日韓併合」以来、年に一千数百万円から二千万円(当時の金額)もの一般経費補充金が、朝鮮総督府特別会計に補填され、その財政運営を支え続けたのですが、これらの資金はコリア人から搾取したものではなく、日本の国家予算(とどのつまりが、日本国民から徴収した「血税」)や、日本の金融市場で調達した公債だったのです。当時、帝国主義の時代、世界中のどの植民地政策を見ても、植民地(厳密に言うと、朝鮮半島は日本の植民地ではないが)に対して本国政府が莫大な資金を投資した例は希有でした。多くは、本国政府が植民地から利益を吸い上げていた訳で、日本の植民地政策の「特異性」とも言えます。つまり、コリア人が言うところの「搾取」は、「真っ赤な嘘」だった訳です。
第二に、朝鮮半島のインフラを整備したのは、朝鮮総督府だったという事実です。戦後、韓国は「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれる国家の復興と高度経済成長を自慢しますが、その多くは、「日帝時代」に整備されたものなのです。朝鮮半島全土に張り巡らされた道路網・鉄道網・港湾施設等の交通インフラは、朝鮮総督府時代に、日本から投資した資金を元手にして建設整備されたのです。そして、その多くが現在でも利用されているのです。(以前、「漢江の奇跡」時代に突貫工事で建設された橋が自動車の重みで落下した事故があったが、それ以前 ── 「日帝時代」に建設された橋は今尚、現役で活用されている)。 この交通インフラの整備によって、「陸の孤島」同然だった町や村が接続され、人や物資の往来が活発となり、その結果、朝鮮半島の近代化が加速したのです。また、鉄道網や都市整備が進むと、必然的に電力の確保が必要となります。そこで、炭鉱・砂防・治水・電力・通信網(電信電話施設)の開発整備をも進んだのです。
第三に、食料の自給体制を確立したのは、朝鮮総督府だったという事実です。朝鮮半島は李朝末期、山は至る所、「禿げ山」。天候不順・農法の稚拙さ(粗放農業)と、両班等による度重なる過酷な搾取によって農民達は労働意欲を無くし、農地の荒廃が進んだのです。元々、粗放農業で収穫率が低かった(「天水田」で、三年一作)所へ持ってきて、農地の荒廃が進んだので、朝鮮半島は現在の北朝鮮同様の、慢性的な食糧不足 ── 飢餓状態に陥っていたのです。そこで、朝鮮総督府は、治山・治水工事を筆頭に、荒れ地の開墾・干拓・灌漑用水の整備と農業インフラの整備をし、更に、粗放農業から集約農法へと転換させ、冬季等の農業閑散期には在宅副業等を奨励し、農民の意識と生活水準の向上を図ったのです。その結果、慢性的な食糧不足に苦しんでいた朝鮮半島は米の増産に成功し、遂には内地(日本本土)へ「輸出」する迄になったのです。
上記は相互リンクしているドイツ在住者のブログ「ドイツとメランコリー」に書かれていたものの紹介です。
収奪するどころか、日本は朝鮮半島のために、大日本帝国が自らを犠牲にして尽くしたと思います。
朝鮮半島に住む朝鮮人は大日本帝国下においては、一番優遇されたのです。その意味では日本本土に住む人々よりも恵まれていたと言えるでしょう。
この理由は何と言っても当時の朝鮮半島を統治していた国家がアジアでも一番貧しいほうであったという事実です。これを現在の韓国・北朝鮮も認めていません。
日本に収奪されたから貧しくなったのではなく、日本のおかげで裕福になったという事実は歴史の真実であると思います。
では何故日本はそんな貧しい朝鮮半島を日本本土並に豊かにしようとしたのか?
それは当時、最大の脅威であったロシアの存在に他なりません。
ロシアの脅威が朝鮮半島のみならず日本列島にも迫っていた状況の中で、日本は朝鮮人にも力を持って欲しかったのです。
日露戦争においては日本を助け、多くの朝鮮人も起ち上がりました。この事実も実は韓国では全く触れられてはいません。歴史の中から抹殺されてしまいました。
せと弘幸Blog『日本よ何処へ』:韓国・親日派の歴史
韓国の自殺した前大統領・盧武鉉氏は日露戦争を、日本が韓国を侵略するために始めた戦争などという歴史認識を発表しました。正直この時、私は韓国を見捨てました。
少なくとも韓国が日本との友好を望むのであれば、この歴史認識だけは撤回してもらわねばなりません。もし、日本が韓国を併合せずに、ソ連によって支配されていたら彼らの運命は非常に過酷なものとなったことだけは間違いないのです。
朝鮮半島の併合については、日本は何も謝罪する必要などありません。もし、日本が朝鮮半島を併合していなかったとしたら、朝鮮民族の国家など戦後の歴史の中には存在さえもしていなかったことだけは確かです。
旧ソ連の共和国や中華人民共和国の中の一自治区としては存在したかも知れませんが、独立国家として認められなかったことだけは間違いないでしょう。
スターリンは朝鮮民族を遠く中央アジアへ、シベリア鉄道を使って移動させました。旧ソ連の崩壊後、沿海州(極東ロシアの日本海沿岸)に戻りつつありますが、その数はまだまだ少数です。
中共には朝鮮自治区があり300万人以上の朝鮮民族が住んでいるとされますが、韓国や北朝鮮への帰属運動は厳しく禁止されています。
我々日本が併合しなければ、朝鮮民族の国家など消滅し、現在に至るも再興されていないのです。感謝こそされ、怨まれるような覚えはないということです。
明日の下記行動に参加できることになりましたので、ご報告します。
<お知らせ>
11・1朝鮮大学校フレンドシップ体験ツアー参加者募集
【集合日時】
平成21年11月1日(日)10:30
【集合場所】
西武国分寺線 鷹の台駅出口
JR国分寺駅から西武国分寺線に乗り換え
【注意事項】
時間になり次第出発しますので時間厳守でお願いします。
鷹の台駅から現地朝鮮大学まで徒歩約15分くらいです。
時間に間に合わない方は直接現地に向かってください。
ブルーリボンバッチ着用を歓迎します。
今回の体験ツアーは抗議活動が主目的ではありませんが
昨年のような非常識極まりない対応を朝鮮大学校側が取る場合は断固として抗議します。
【問い合わせ】
在日特権を許さない市民の会
zaitokuhantai2@gmail.com
桜井誠
070-5021-5975
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