日本国の将来を憂える。
産経新聞の論稿に書かれた日本の現状
私は日曜日は福島に帰るときが多いので、日曜日は余りというか殆ど産経新聞を読みません。自宅で購読しているのは地元紙ですが、産経新聞はコンビニにも置いていない。
わざわざ遠くの販売店にまで買いに行くこともないので、日曜版は目にすることはありませんが、昨日はデモなどへの参加のため産経新聞の日曜版を隅から隅まで読ませて頂いた。
その中にお二人の記者の署名記事がありましたが、これを読んでいる内に本当に暗い気持ちになってしまった。日本の将来とは本当に大丈夫なのだろうか?
日本の為政者は日本が現在直面しているこの内外の危機に本気で憂い、そして対処しようとしているのであろうか。政治家も官僚も企業家も将来における日本の未来図を描けているのだろうか?
そのような暗澹たる気持ちで読みました。今朝ネットで検索したらこの二つの論稿がネットに出ていました。新聞を買わなくとも無料で全ての記事が閲覧できるということも、実は今回初めて知りましたが、これでは新聞社の将来というものも心配になってきます。
それはさておき二つの記事を紹介します。
【日曜経済講座】編集委員・田村秀男 世界的ケインズ政策 成否の鍵は日本に ...
【土・日曜日に書く】ニューヨーク支局長・松尾理也 「アメリカ人に聞いて ...
先ず日曜経済講座のほうですが、一番目を引いたのはこのネット記事にはありませんでしたが、二つの表図でした。それは一つは「急落する日本の家計貯蓄」というもので、1997年のピーク時に35兆円を超えていたものが現在は10兆円を下回っています。
また別の表図には「日米の貯蓄率」が2%の同率で並び、逆転しかけていることが示されていました。日本人の貯蓄率はこれまで高いと言われて来たのに、もうそれは昔話のようです。
日本の経済がどのような状態であるのか、それはIMFが先週2009年の世界経済の実質成長率の見通しをマイナス1.3%と発表しましたが、日本はマイナス6・2%であり、勿論これは先進国中最悪の数字です。
日本は政治小国、軍事弱国であっても、経済大国だけがとりえの国でした。しかし、この経済大国という看板を降ろすのも時間の問題となっていることが今やハッキリと示されています。
このような経済状態を田村編集委員は次のように分析しています。
>日本は1990年代のバブル崩壊不況時に公共投資を中心にした財政支出で内需拡大を図った。
>成果は不明なままだが、膨張した政府の累積債務が残された。
>結局、円安に後押しされた外需主導に逆戻りしてやっと不況から脱けたが、
>ケインズが失業増加の主因と断じたデフレはもう10年も放置され、社会を疲弊させている。
このデフレの放置は国内産業に大きな打撃を与えてきました。労働力の安い国からの輸入に依存し過ぎたために、確かに消費者は安い生活雑貨品を買うことは出来たが、国内の中小零細企業は業種によっては壊滅的打撃を受けた。
自動車・家電などが好調だったので、収支のバランスは取れていたかも知れないが、今回の円高で日本の経済が如何に危ういものであったかが暴露されてしまった。
国内製造産業の保護を怠ってきたツケが回って来たのだと思います。また我々国民も安易に低価格なモノを追い求めてしまった。
100円ショップなどは確かに魅力的だが、それは殆どがシナ・中国からの輸入品であった筈です。
国内の企業を保護しなければ、この疲弊感は益々広がることでしょう。一部の大手企業の犠牲となって、潰れていった多くの日本の生活雑貨品の製造業種をもう一度再生させることを本気で取り組まねば、日本が蘇生することなどないと思います。
二番目のニューヨーク支局の松尾理也支局長の「アメリカ人に聞いてくれ」も衝撃的な論稿でした。
日本の高須幸雄国連大使の会見場での言葉、この「アメリカ人に聞いてくれ」ほど日本の置かれた現在の状態を良く表しているものはない。北朝鮮のミサイル発射に伴う、国連安保理の舞台裏における交渉で、日本は米国に裏切られた。
この辺りの状況を松尾支局長は次のように書いています。
≪一瞬走った亀裂≫
あらゆる感情をいったん蒸留機にかけ精製してから表に出すかのような外交官が見せた、生の感情の起伏の理由は、何だったのか。
後になって次第に判明したことだが、この日の会合は、日本にとって決定的な転換点だった。決議追求で足並みをそろえていたはずの米国が主導する形で、中国にも配慮しつつ、一段効力が弱い議長声明で決着する案が諮られ、「あくまで決議を求める」との姿勢を崩さない日本は、いわばはしごを外された形になっていたのだ。
とすれば大使の言葉は、職業とはいえ、意図せぬ方向に事態が動き出す刹那(せつな)に立ち会ってしまった外交官の慨嘆ではなかったか。
もちろん大使はすぐ、練達の外交官としてのたたずまいを取り戻した。議長声明採択後、日本にとって不本意な結果ではなかったのかと問う記者に対し、粘り強く、論理的に、今回の成果は決して敗北などではなく、十分に得るところがあったこと、そして何より、外交交渉において百パーセントの勝利などあり得ないのだということを、根気よく説明し続けた。
(ここまでが引用)
日本が核を持ってさえいれば、高須大使もこのような屈辱を味わうこともなかったでしょう。この大使の言葉「アメリカ人に聞いてくれ」は、もう「アメリカ人は信用ならない」と同じ意味を持つ。
北朝鮮という国家に対して単独で何一つなし得ない日本、このことに歯がゆさを感じている日本人は多い。しかし、日本の政治家はそろいもそろって臆病であり意気地なしだ。
北朝鮮の独裁者のほうが余程魅力的に見えるなどと書いたら顰蹙を買うかも知れないが、現実に世界を敵に回しても動じていないように見えるのは北朝鮮であり、今回の国連大使の言葉のように追い込まれているのは日本の側なのです。
最後の支局長の言葉は示唆に富むものです。
ひょっとしてそれは、オバマ政権下における日米関係の難しさを暗示しているのかもしれないし、あるいは、「賢明なる妥協、先見の明のある粘り強さ」によって、何事もなかったように修復されていくものなのかもしれない。
ただ、たとえ大きな流れに埋没してもおかしくないようなエピソードであっても、歴史が大小の人間の営みの集積にほかならないとすれば、「一瞬の亀裂」も記録される価値はあるだろう。そう考えて、この一文を書いた。(まつお みちや)
(引用終わり)
過去の日本人が勇気を取り戻すことがあって、主権を回復した暁には、この言葉の意味を思い出すことになるのではないか。それほどの重要な意味を込めた、将に歴史のターニングポイントで発せられた言葉であったのかも知れません。
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