モンゴル人力士の強さを考える
大相撲春場所千秋楽はモンゴル人力士同士の対決となって、関脇・白鵬を豪快な投げで破って横綱・朝青龍が2場所ぶりの優勝を飾った。三賞もモンゴル勢が独占、おまけに来日中のモンゴルのエンフボルド首相が「モンゴル総理大臣賞」を手渡すなど、まさにモンゴル一色だった。
しかし、栃東も本割では横綱を負かしたし、千代大海や魁皇もかど番から脱出した。日本人力士もそれなりの頑張りを見せてはくれた。だが、やはり何故という残念さは残ってしまう。
曙や武蔵丸のようなハワイ出身の力士のように大柄ではなく、体格も日本人とそれ程違わない。にも関わらず何故モンゴルの力士はこのように強くて、日本人力士は弱いのか?
確かに日本人大関は年齢的には盛りを過ぎており、丁度、下から上がってくる端境期にあるという人もいる。しかし、それだけでは説明がつかないだろう。相撲関係者に聞くと学生相撲、特に高校、大学における相撲部の在り方に問題があると指摘する親方が多い。
出来れば、中学生の頃から相撲を取らせたいらしいが、今の日本においては親元を離れ、相撲部屋から学校に行くのは難しいといわれる。しかし、若貴兄弟や栃東などは、生まれた家が相撲部屋なので、相撲部屋から学校に行った。この違いが大きいという訳だ。
さて、同じ国技の柔道には中学生から親元を離れ、そこから中学、高校に通う全寮制の柔道私塾・講道学舎がある。この柔道名門私塾を設立されたのは横地治男理事長で東京オリンピックの時に日本の神永選手がオランダのヘーシンク選手に敗れたのを見て、私財を投げ打ってこの財団を設立。全国から将来の日本柔道を担う中学生、高校生を常に40人以上を引き受けている。
この講道学舎で学んでオリンピックで金メダルに輝いた選手は古賀、吉田、滝本選手等であり、また泉、棟田両選手もこの学舎の出身である。今年創立30周年を迎えた。
講道学舎は柔道だけではない。その「創学の精神」には次のような一文がある。
「人間はそれぞれの国に生まれ、その国に属し、国際社会に於ける自分の国の位置づけによって身を処することが出来ます。日本は何を持って立ち、何によって世界の仲間入りを遂げようとするのか、それは日本民族の値打ちある立派な働きによるしかありません」
「今こそ、日本民族本来の資質を呼び起こし、本当にやる気のある、民族意識と世界観に立って我が国を世界に位置付ける働きを遂げねばなりません。思うのは、このような情念と知力をもった人材の輩出です」
現代の日本において、このような精神を教育の柱として、6年間の寮生活を送ることが出来るのは、この講道学舎をおいて他にはない。それだけ厳しく精神と肉体の鍛錬が行なわれている。
さて、この横地理事長だが今は90歳を越えられるご高齢となられたので、最近はお話を聞く機会はないが、以前はよくお話を伺った。理事長はモンゴルがまだ社会主義国家で日本人の多くが関心を抱いていなかった頃から、この国との交流を民間レベルで進めていた。
理事長は戦前、満州に陸軍将校として赴かれ、旧ソ連と中国に挟まれたこのモンゴルという国の重要性を語っておられた。モンゴルにはモンゴル相撲という国技があり、モンゴルの子供達は小さい時からこのモンゴル相撲に慣れ親しんでいると聞かされた。
その理事長はモンゴルについて次のように語っていた。
「モンゴルという国は日本から見れば何もない国です。モンゴルの政府要人が『見ての通り何もない国です。しかし、貧しくはありません』と言うんだ。日本は一見は豊かに見えるが、何か国民が不安な気持ちでいるような時もある。しかし、モンゴルは何もない、不安もないんだ」
理事長は4つの言葉でモンゴルを表現してくれた。
1、「精神の豊かさ」
2、「温かい家庭」
3、「地域社会の連帯」
4、「美しい自然」
なぜ、モンゴルの力士は強いのか―。私はそのモンゴルという国家にあると思った。日本が今急速に失っているのが、今のモンゴルではしっかり守られている。
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