2・26事件の青年将校の心情を今に継ぐ!
祖国再興への誓いとは
今から70年前の祖国日本において、陸軍の青年将校らによる軍事クーデター事件が起きた。彼らは「昭和維新」「尊皇討奸」をスローガンに蹶起し重臣を殺害、首都の中枢部を4日間に渡って占拠した。
雪が降りしきる中、首相官邸、警視庁、朝日新聞社などが次々に襲撃された。当時の国民に大きな衝撃を与えたであろうこの事件は、首謀者達が「逆賊」とされ叛乱は鎮圧された。
後に2月26日に起きたことから「二・二六事件」と呼ばれるようになったが、この青年将校らの蹶起は国家革新を求めての行動であった。当時の我が国の社会情勢はこのブログの『反中国講座』で書いている満州問題が深刻さを増して行く頃であった。
この事件の一ヶ月後には日中戦争から日米決戦に至る戦争のきっかけにもなった「廬溝橋事件」が起きた。日本史の中ではこの事件は暗い軍国主義の幕開けとなった事件であり、戦前・戦後を通じてこれを肯定的に捉える人は皆無に等しい。
現代社会においてこの2・26事件をどのような視点で見ていけば良いのか?その意義を今日的に評価する意味があるのか?確かに民主主義や平和主義が国家の基本理念とされている中で、この暴力的手段を行使した国家革新の叫びは肯定し難いものがある。
自由があり豊かさを全ての国民が享受できている中で、このような急進的な考えは国民の理解を得られるものではないだろう。しかし、多くの国民がそのように考えている中でも、我々はこの青年将校については過去のブログにおいて、その心情に理解を示してきた。
例えば民主党の前原党首が「中国脅威論」を唱えたり、野田国対委員長が「A級戦犯存在せず」と語ったことに対して、旧社会党の横路元北海道知事が「彼らはまるで青年将校のようだ」と批判した事がある。
我々はこの時、「我々《極右》は「昭和維新」を掲げて決起した青年将校を評価する」と題して次のように書いた。
そもそも昭和維新とは何であったのか?
「資本主義の富は一部に偏り、全国民に公平に分配されず、一方に黄金大名的な財閥の存在があるかと思えば、地方においてはその日の生活に困る農民、労働者があった。農民の子女は遊郭に売られ社会にはそれを糺す道理がない」
だからこそ、彼らはその不条理に憤激し毅然として起ったのである。
今日の日本と、昭和初期の経済人の心の荒廃にどれほどの質的違いがあるのか…と我々は問いたい。
さて、昨日の中共に対するODAについても、皆さんからコメントが寄せられた。その中で「dさん」からの以下のようなコメントは確かに核心を突いたものだった。
ネットで騒いでみたところで一過性なものに化している
では、どうすればいいのか。今この状態だと思うんです
私達が何ができるのか。それを呼びかけて頂けたらと思います。
誰でもがそのODAについては、必要性が全くないことを知っているのに、誰も何もできない。この社会の閉塞感こそが、かつての青年将校が思い悩んだあの時代の閉塞感に通ずるものではないのか?
であるならば、我々は青年将校の心情を理解出来る。そう考えるなら今日的な意義を見い出す事も可能となる。その上でコメントを考えてみよう。一体何が出来るかだ?
ネットで騒いでみたところで一過性のものとして終わってしまう。しかし、これが継続されて行ったらどうなのであろうか。中共が一番恐れるのは、これまで何度も言ってきたが、「日本における極右の抬頭である」。
であるからこそ、彼らは極右を嫌い、ことあるごとに批判してきた。
今、日本に極右が抬頭することを彼らに示すことが、どれほど彼らに威圧となるかは想像できる。また、国内の売国奴勢力にとってもそれは同じであろう。極右抬頭の空気は必ずや彼ら売国奴も敏感に反応を示すはずだ。政財界やマスコミなどにも警告となろう。私は繰り返し次のことを訴えてきた。
我々極右は非常事態においては銃口から生まれる政権を歓迎する。
これを現在の時点で表明できる唯一の政治勢力である。
皆さん方のご支援で極右の思想は今飛翔せんとしている。極右抬頭をネットの世界であっても、為政者に示せば彼らは鈍感でない限り、何が起きつつあるのかを敏感に感じ取るだろう。
一台のパソコンはやがて社会を変える―。我々の先輩はかつて「一発の銃声は百万人に勝る」と言ったが、私は現在「一台のパソコンは百万人の動員に勝る」と言いたい!
どうすれば良いのか?そうした問いには、既にあなたは我々<極右>と共に戦い始めたと返答したいと思う!
輝ける祖国の未来に向って!
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今朝のニュースは何と言ってもトリノ・オリンピックです。政治思想は午後に譲りましょう。
採点競技は時として見ているのもに「何でだろう?」と思わせることがあるが、荒川選手の演技には会場は勿論、世界中で見ていた人に当然だと思わせるだけの美しさがあった。
